鈴木三重吉の碑

鈴木三重吉
明治15年~昭和11年(1882~1936)
鈴木三重吉の碑
 広島市生まれ。東京帝国大学英文科卒。在学中に書いた「千鳥」を夏目漱石が推奨、『ホトトギス』に掲載し好評を得た。漱石の門に入り、明治40年、処女作『千代紙』を刊行し、新進作家としての地位を固めた。明治41年10月から44年4月まで、成田中学校(現成田高校)の教頭兼英語教師として奉職。同43年、国民新聞に連載された「小鳥の巣」は、当時の校長の理解ある計らいで、約5ヶ月間休職という形で執筆された。
 成田時代に書かれた作品には、『子猫』『民子』『黒血(くろち)』『エピソード』などがある。
 大正に入ると童話作家に転じ、大正7年、童話童謡雑誌『赤い鳥』を創刊し児童文学の発展に寄与した。
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