テーマから探す

閉じる

ここから本文です。

三里塚公園

三里塚記念公園

「三里塚」という地名の由来は…

「香取郡多古町にある日蓮宗日本寺(ニチホンジ)というお寺から三里のところに位置する」「佐倉の城から三里のところに位置する」と言われることから、この地が『三里塚』と呼ばれるようになりました。

因みに、日本寺は江戸まで一七ヶ所に法華塚を作ったのですが、一里は染井、二里は白栁、三里は三里塚、四里は法華塚、五里は寺台…。三ヶ所目の意味を持つ地名として『三里塚』と呼ばれ、現在に続いているのです。

三里塚には、空港建設前に『宮内庁下総御料牧場』があり、春になると10万株とも言われる桜木による桜の名所として近隣はもとより遠方からも数多くのお客様で賑わいを見せていました。三里塚記念公園は、宮内庁下総御料牧場の跡地の一部で、3万平方メートルという広大な敷地を誇ります。数多く桜の木が植えられている理由は、牧場を開設する際に防風のために杉や松などの他に植えられた事もありますが、始まりは、江戸時代この地が幕府直轄の馬の牧場『取香牧』であった頃のようです。

ここで何故、御料牧場が成田の三里塚に作られたのか?という疑問が出てくるのですが、明治時代の文明開化により、日本も羊毛の生産を高めることが必要になってきました。
また、当時ヨーロッパ留学をしていた大久保利通が日本人の体躯が欧州人よりも大きくないのは食事が関係していると思い、牛馬の生産も急務であると考えたのです。

そこで留学から帰ってきた大久保利通が真っ先に取組んだのが牧場開設でした。下総御料牧場の前身である「下総牧羊場」「取香種畜場」の用地選定に当たり、政府としてアメリカの専門家を招き検討を重ねた結果、1.青草に富む2.樹林地に恵まれている3.物資輸送に便利、の3つの条件を出した。三里塚周辺地域が、これらの条件を充たす自然環境と地理的環境を備えていたことは言うまでもありません。

下総御料牧場は、「日本酪農の発祥の地」、「日本獣医学発祥の地」、「日本競馬発祥の地」、「ジンギスカン料理の発祥の地」などパイオニア的存在としても注目されていました。

昭和になり当時のイギリスで素晴らしい成績を残したダイオライトという種牡馬を輸入し、その子供の競走馬が日本で最初の三冠馬となるのです。現在も三里塚記念公園にはダイオライトとトゥルヌソルの石碑が残っており、いかに大きな影響を与えた種牡馬だったのかを物語っています。

ダービー馬 ヒサトモのブロンズ像

ダービー馬 ヒサトモのブロンズ像

ダイオライトとトゥルヌソルの石碑

ダイオライトとトゥルヌソルの石碑

貴賓館その他にも、公園内には、木造萱葺きの平屋建て、外見は和風・内部洋風という明治中期の和洋折衷様式の建造物『貴賓館』や資料を展示した『成田市三里塚御料牧場記念館』があり、成田に縁の深い文人の水野葉舟や高村光太郎の文学碑が建てられています。

【アクセス】

⇒成田駅周辺バス乗り場

  • 「三里塚行き」「八日市場行き」バス乗車(JR成田駅中央口 3・4番バス乗り場)、「三里塚」下車。徒歩1分。

【三里塚御料牧場記念館】

「成田国際空港」へ←【みどころ情報】→「宗吾霊堂」へ