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宗吾霊堂

宗吾霊堂

宗吾霊堂は、宗吾様の名で親しまれる古刹で、9月第一土・日の御待夜祭や紫陽花名所として知られています。開基は古く、桓武天皇の時代に征夷大将軍・坂上田村麻呂が、房総を平定した時に戦没者供養のために建立したと言われています。

正しくは、鳴鐘山東勝寺といいます。成田といえば新勝寺が先に思い浮かぶかと思いますが、新勝寺は東勝寺より新しい寺という意味で、この名がつけられているのです。

仁王門 宗吾霊堂境内

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義民 佐倉宗吾伝

江戸時代初期、4代将軍徳川家綱の時代、今から約360年前のことです。

打ち続く凶作と過酷な重税に苦しむ農民たちを救うため、木内惣五郎(佐倉宗吾)ら6人の名主たちが幕府に農民の窮状を訴えました。

しかし、その訴状は受入れられず、木内惣五郎は、当時禁じられていた将軍への直訴を決行。

この直訴により、農民たちを苦しめていた重税が見直され、村々の願いはかなえられましたが、惣五郎は処刑されることに、惣五郎の家族までもがその対象となり、承応2年(1653年)8月3日、幼い子供らまで刑に処せられました。まさに命がけの直訴でした。

それから100年後、宝暦2年(1752年)、佐倉藩はその失政を悔い、木内惣五郎の名誉を回復し、「宗吾道閑居士」の法号を諡号(しごう)し、以来「宗吾様」と呼ばれるようになりました。

今では江戸時代の義民・佐倉宗吾様が祀られているお寺として、全国の信者が参拝に訪れています。

宗吾様墓所 御一代記館

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あじさい園

宗吾霊堂大本堂裏手に広がる境内には在来アジサイをはじめ、ガクアジサイ・柏葉アジサイなどさまざまなあじさいが植えられています。

宗吾霊堂には、1,000株以上柏葉アジサイが植えられており、これだけ多くの柏葉アジサイを見られる場所は少なく観光客の目を楽しませてくれます。少しずつ植樹を行っていき、現在では5,500株ものアジサイが植えられています。
平成14年には、歌舞伎役者の中村勘九郎丈(現 勘三郎丈)があじさい植樹を行いました。これは、「佐倉義民伝」が宗吾霊350年祭を記念して、歌舞伎座で上演されたことによるものです。

きれいなあじさいを咲かせようと地元住民、企業、団体皆さんにご協力をいただき、あじさいの花芽摘みや草刈りも行っています。

また、雨の日でも快適にあじさいを楽しんでいただこうとあじさい園には成田国際空港株式会社寄贈による木片のチップが敷かれています。

毎年6月には紫陽花まつりを行っています。

あじさい園 紫陽花まつり

【アクセス】

⇒成田駅周辺バス乗り場

【宗吾霊堂】

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