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宗吾霊堂・印旛沼周辺地域は、自然に恵まれまた、史跡も多くあります。
佐倉宗吾350年のご遠忌を機に、京成宗吾参道駅から宗吾霊堂・麻賀多神社・宗吾旧宅を経て甚兵衛公園に至る7kmのみちを、義民ロードとして道しるべや案内看板が2002年10月に整備されました。
【義民ロード スタート地点】
京成宗吾参道駅を出発
↓
宗吾霊堂まで約1km
道中には、このような道しるべが設置されています。
開基は古く、桓武天皇の時代に征夷大将軍・坂上田村麻呂が、房総を平定した時に戦没者供養のために建立したと言われています。今では江戸時代の義民・佐倉宗吾様(本名・木内惣五郎)が祀られているお寺として全国の信者が参拝に訪れます。春には桜や梅を楽しむことができます。
境内には、宗吾御一代記館や宗吾霊宝殿があります。
宗吾霊堂を出発→約1.9km
印旛郡市内にある麻賀多神社18社の惣社。古書『延喜式』(平安時代)には全国各地の神社名が記載してありますが、そこで4番目に記載されているほど由緒ある神社。船形社と台方社(奥津宮)があり、応神天皇時代(4世紀末~5世紀初頭)により印旛国造に任命された伊都許利命の作といわれています。
本殿左奥には、樹齢1,200年という関東一の大杉があり、長寿・厄除けの守護神として崇められています。
麻賀多神社を出発→約1km
宗吾霊堂から印旛沼方面に2kmほど行き、麻賀多神社のほど近くに、かや葺き寄棟造りで江戸時代から伝わる『かのこ建て』(土台はなく丸石の上に直接建てる)と呼ばれる建築様式の宗吾旧宅があります。宗吾様亡き後も、代々子孫によって守られており、現在、16代目の木内さんのご好意により見学もできます。
宗吾旧宅を出発→約3.1km
「甚兵衛」は、佐倉宗吾様が領民の窮地を救うべく江戸へ直訴に行くきに、自らの命を省みずに佐倉様を舟に乗せ、対岸まで送り届けたという男の名前です。印旛手賀沼自然公園内にあり、春には菜の花、秋にはコスモスが一面に咲き、訪れる人々の憩いの場となっています。沼の岬には甚兵衛の供養塔があり、周辺にはサイクリングコースやアスレチック遊具あります。
お帰りは、成田市コミュニティバス 北須賀ルートが便利です。
成田コミュニティバス https://www.city.narita.chiba.jp/kurashi/page105700.html(外部サイトへリンク)
料金…大人200円・小人100円
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